自然光を調光する新時代到来!
住宅地にオープンした小さな美術館
今回は最近の私の仕事の中から、今年3月にオープンした「ヤオコー川越美術館(三栖右嗣記念館)」についてお話したいと思います。
一般に美術館建築の照明デザインは、住宅やオフィス・商業施設などに比べて、何倍も光そのものに対して注意深く取り扱わねばなりません。美術品というのは私たち人間のとても大切な財産なので、それが光によって損傷しないように注意を払わねばならないのです。
光のなかで、特に注意しなければならないのは赤外線と紫外線です。 蛍光灯や白熱電球の光を、そのまま絵画に当てると紫外線の作用による退色や赤外線が熱を与え劣化させるなどのダメージを与えてしまいます。そこで、照明器具に紫外線や赤外線をカットするフィルターを装着させたりといったケアをしなければならないのです。また、美術品への光の当て方にも注意が必要です。作品の表面に光源が映り込んだりしないように適切な照射角度を算出して決めなければならないのです。
そのようなわけで、美術館の照明デザインは、プロの腕の見せ所!といった感じもいたします。最初にこのプロジェクトの依頼の電話を受けた時には、「よし、腕を振るうプロジェクトがきた!」と思わず叫びたくなるほど嬉しかったことを覚えています。
しかし、この美術館建築の説明を受けてみると、本当の意味で腕を振るうことになったのです・・・。「どうも既存の照明手法では簡単に解ける照明デザインではない!」 照明デザイナーとしては大いなるチャレンジをすることとなったのでした。
異なるライティングからなる展示空間
ヤオコー川越美術館は埼玉県を中心にスーパーマーケットを展開するヤオコーという会社が、創業120周年記念事業としてオープンさせた施設です。場所は、JR川越駅からバスで10分程度の閑静な住宅地の真ん中に立地しています。
外観はとてもシンプルな打ち放しコンクリートで、よーく見ると屋根の一部が富士山のように突き出していることに気が付きます・・・。この建物の設計は建築家の伊東豊雄氏が手掛けられました。
展示はヤオコーの会長でもある川野幸夫館長がコレクションした三栖祐嗣さん(みすゆうじ、1927〜2010)という洋画家の作品で、ヤオコー創業の地近辺にアトリエがあったことや、会長のお母様が三栖作品を1枚持っていたことをきっかけにコレクションを始め、個人美術館を作るまでに至ったのだそうです。 その絵はとても写実的で人間味あふれる描写が特徴なのですが、伊東豊雄さんは作品を見て、建築のコンセプトとして、画風の変化に対応させた表情の違う光でそれぞれの空間を表現しようと提案されました。そして、その方法として、2つの展示室の一方は作品を太陽の光で見せ、もう一方の部屋では人工照明でやや暗い灯りで見せようということになったのです。
冒頭でご紹介した写真は自然光の展示室で、丸い天窓がついており、その下に富士山型のせりあがる天井から円盤のようなものが吊り下がっています。隣接する人工照明の展示室は、床から天井まで、まるで富士山を逆さにしたような柱が伸びており、その足元を柔らかな灯りが照らし出しています。
昼間の光をデザインするということ
冒頭でお話ししましたとおり、美術館のライティングでは赤外線や紫外線がNGであるのに対し、むしろ、この美術館は積極的に自然光を取り入れてみよう!というコンセプトです。照明デザイナーとして「腕をふるわなければならない」のは、赤外線や紫外線を含む自然光からこれらを除去して、なおかつ季節や天気によっての日射量の違いに対応するのか? この難しい問いに答えを出すこと、それが冒頭に述べた「大いなるチャレンジ」だったわけです。
赤外線や紫外線の除去は、意外にシンプルな技術によって解決することができたのですが、問題は予測不能な自然光をどうやって調整するのか?ということでした。たとえば快晴の日だと屋外の水平面照度が10万ルクスほどあるのですが、曇天の日になるとそれが10分の1の照度になってしまいます。この極端な自然光の変化をある程度調節しなければならないのですが、ここで一つの提案をいたしました。 その提案というのが天井から吊りさげられた円盤だったのです。円盤はただ吊りさげられているのではなく、晴れの日と、雨や曇りの日で異なる明るさをある程度調節するために円盤を上下に動かして入射する光量を調節するという仕掛けを思いつきました。天気が良く明るい日は円盤を上げて自然光を絞り、逆に雨や曇りの暗い日は円盤を下げて出来るだけ多くの光量を取り入れる仕組みです。また、昇降する円盤の上には照明器具もついており、夜間や日射量が著しく少ない日は灯りをプラスすることができるのです。 私たちの仕事の多くは、もともと光がないところ(闇の状態)に必要な光を描くことなのですが、今回は地表に降り注ぐ太陽の光を光源としてそれを取り込む建築のトップライトという照明装置をつくる仕事となったので、これには何度も何度も照明実験を繰り返しました。
建築空間の模型を作り、実際に屋外で入射する光の量を計ってみてわかったことには、天井の反り具合やフタの高さ、などによって入射する光の具合が大分変ってきてしまうことでした。特に富士山にシェイプした天井の反りの一方が高すぎると壁面に不思議な丸い影ができることがわかりました。そんな模型実験から得られた建築デザインへの要望をお伝えして建築設計が進んでいったのでした。
今までの美術館照明の多くは、美術品保護の観点から、比較的暗い展示室で紫外線や赤外線を取り除かれた人工照明によって鑑賞空間がつくられてきたのですが、ここでは、自然光のもとでも美術品に接するという新しい光の環境が完成しました。つまり、画家である三栖さんが見ていた光に近い環境でそれらの作品を鑑賞することが可能になったのです。
私たちの暮らしが電気というインフラなくしては成立しにくくなった今日、このような積極的な自然光の導入というアイディアがこれからもたくさん考案されなければなりません。そんなよき事例となることができれば嬉しく感じます。 新たな照明の価値観にも触れられるヤオコー川越美術館、今年の梅雨が明けたら真っ先に訪れてみてはいかがでしょうか? 美しい光がお待ちしておりますよ。
埼玉県川越市氷川町109-1 営業時間:10:00〜17:00/休業日:月曜(祝祭日の場合は翌日)
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