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  • 執筆者の写真東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

ペンダントライトが躍動する


時代のニーズに合わせて光は再考される


かつて影を潜めた照明器具


かつて栄華を極めていた照明器具が、時代の変化の中で次第にその守備範囲を小さくしてしまうということがあります。そのひとつはペンダント照明の立ち位置です。


キャンドルの時代からシャンデリアの発展とともに栄華を極めてきた天井から吊るタイプのペンダント照明は、20世紀の初めにまぶしくなった光源を隠すようにして開発されたダウンライトの登場によって、また「シンプル イズ ベスト」を掲げる機能主義デザインの潮流にのみ込まれ、影を潜めていったのです。照明とは照明器具の形ではなくて発せられた光による効果であり、現象だとする時代の判定を受けてしまったのです。その後、ペンダント照明は、日本ではかろうじて住宅のダイニングテーブルの上にのみ居場所を得たように思えます。


ところが、そこから月日が経ち、一度は影を潜めたペンダントが今、建築照明に戻ってきているのです。

 

ペンダント照明が求められた新しい空間


近年になってペンダント照明が多く使われるようになった場所、それはアメリカの西海岸ベイエリアにあるApple やGoogleIをはじめとするIT企業が作る “キャンパスオフィス”でした。


キャンパスオフィスと呼ばれる新しい働き方に適合した空間、そこには固定のデスクがない代わりに、その日の気分で自由に好きな場所にラップトップPCを置いて働くようなオフィスなのです。日本でも特にコロナ禍をきっかけにこのスタイルを採用する企業が増えたようですが、そこでは天井に機能的なダウンライトを配置して一様な空間を作るのではなく、多様な居場所の構築をゴールとしています。それゆえ、様々なファニチュアとペンダント照明との組み合わせがそのゴールに向けて脚光を浴びるようになったのでしょう!

 

働き方、社会の変化


60年代ハーマンミラーのアクションオフィスⅡ 
60年代ハーマンミラーのアクションオフィスⅡ (The Action Office II in action. Courtesy of Herman Mille)

19世紀末から20世紀初頭に確立された機能主義的な建築の考え方では、ダウンライトが天井という設備スペースに設置されていて下に直射光を出しているというパターンが多く、それによって合理的な光が得られるという状態が作られていました。特に経済成長が著しい時代には個人の好みは関係なく、非常に合理的な光を出して仕事の生産性を高めるという思想が強かったことも背景にあるのでしょう。


それが近年になって、職場でのパソコンの普及や仕事の変化によりオフィスに求められるものが変わり、生産性を高める方法論も変わりました。働く人に対して、もっとリラックスして知的生産性を上げよう、会社はそういったことの為にみんなの為に設えているというような考え方になり、そこに無機質な光の下で働かせるのではなく、多様な働き手の好みに合わせて、最高のパフォーマンスを発揮いただく環境を作るようになったのです。

 

レトロ回帰ではなく本質に沿って


こうして昔よく見られた形ある照明器具、ペンダントやブラケット、スタンドなどの”カタチある照明器具”がモダニズム建築の都合によって一度は舞台から降りたものの、久しぶりに建築の表舞台に戻ってきているのです。

 

これは決してレトロ回帰的な理由ではなく、時代の変化に応じて今のスタイルや感覚が生んだニーズに応じた結果であると私は考えています。オフィスはシームレスに壁がなくなり、社長室がないなんて会社もありますし、働き方として自然の多い郊外からリモートワークして会議の時だけ都心に出張するというパターンも出現しています。


会社の仕組みがフラットになり、合理的にがむしゃらに働くのではなく、出来るだけナチュラルなスタイルで働く…という考え方が浸透してきつつあるのでしょう。照明は人に寄り添い、人の居場所を作ったり、癒しや元気をもらうものだという存在に変わってきたのだと考えています。


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