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  • 執筆者の写真東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

“おくる”為の光


光のソムリエ第139回「“おくる”為の光」メイン画像-川口市めぐりの森
photo by AKITO GOTO

お別れに寄り添う照明


現代日本の変化から


今や日本は超高齢社会に入り、お年寄りが多く、小さな子供が少ないという逆ピラミッド型の人口構成に向かっています。1960年代は高齢者が少なく、若い人ほど多いピラミッド型、その後ベビーブームの影響で特定の年代の人口が劇的に増えたものの、2010年の段階で中高年層が一番多い壺型の人口形状になり、それが2060年には逆ピラミッド型になると予測されているのです。


そうなると、今までとは違う困った問題がたくさん起こるのだそうですが、その一つに火葬場の不足というのがあります。言わずもがな、超高齢社会は、寿命を迎えて天国へ召される方も増えるわけですから、今までの施設だけでは対応しきれません。そこで各地方自治体は、急ピッチで火葬場の建設を進めているのです。


LIGHTDESIGNでも、埼玉県の川口市にこの4月に完成した大きな斎場プロジェクトで照明を担当させていただきました。今回はその建設の途上で考えた「おくる為の光」について書いてみたいと思います。

 

現代のニーズにあわせた火葬場


今回照明デザインを担当させていただいたのは、「川口市めぐりの森」という市営の火葬場です。これまで埼玉県川口市には独自の火葬場がなかったそうなのですが、ある篤志家の多大なる寄付を受けて建設に着手したのです。


しかし、長年の市民の希望でもあった斎場がいざ自分の家の近くにできるということは敬遠されてしまいました。そこで、川口市は、なるべく目立たない所に作ろうということで、約8.9ヘクタールある大きな自然公園に隣接する土地を用意しました。さらに建築家の伊東豊雄さんの設計によって、建物は出来るだけ目立たないように大地と一体になっている形状をとって、屋根の上にも植樹を行い自然と調和した建築となっています。


照明デザインは、この目立つことを嫌う建築にあって、いつも控えめであるべきだと考えていましたが、照明デザインを進めるにつれ、私たちがしなければならないことが次第に明確になってきたのです。


それは、この施設の使い勝手からくるものなのですが、御遺体と最期のお別れをする炉前の部屋が、その後に収骨をする場所になるというプログラムにありました。

 

お別れする時の気持ちと光


葬儀に参列する人々

炉前スペースの照明をデザインするにあたって、先述のそれぞれの役割に合わせて光を変える必要があるのではないかと考えました。


お別れのときは丁寧に温かい気持ちで天国へのお見送りができるようにしたいと考え、そのために照明は部屋の周囲を包むように設えられたコーニス照明と、天井に設けられたコーブ照明、それらの光色を低くして、あたかも、夕暮れの空を見上げているような光環境を提案しました。


一方、このお見送りの後にしばらく時を待って、収骨のために同じ部屋に戻ってくるのですが、この時には、その残された人たちは心の整理を少しずつ行って、お骨を拾い、この施設を後にするのです。どうにか、気持ちを切り替えなければなりません・・・なので・・・むしろ晴れた青空みたいな光環境の下でお骨を拾っていく・・・というストーリーです。残された者は、精一杯天寿をまっとうする為に、明日からも生きていかなければなりません。その気持ちを支える、人の心に寄り添う照明の提案です。


この案をプロジェクト関係者にお話ししたところ、みなさんの賛同を頂き、デザインを進めることになりました。

 

“おくりびと”の言葉


さて、実際にこの炉前スペースの光環境の調整を行うために、現場に赴くことになりました。そこには何人かの関係者が集まっていましたが、その中に納棺師という専門職の女性がいらっしゃいました。納棺師とは? そう、かつて話題になった映画「おくりびと」に登場する“おくりびと”、死者を棺に納めるために必要な作業を行う職業の方です。その方にどの辺に棺を置いてどういう感じでここの空間を使うのかといった話を伺いながら仕事を進めました。


ところで、御遺体をおくる為の光として、夕方の空の色を発色させるために、電球色に赤のスペクトルを加えているのですが、その光の下で実際に人の顔を見ると、ほんのりと紅が差して見えてきたのです。もっと言えば、血色よく見えるんです・・・そこで私は、そばにいらした納棺師の方に質問してみたくなったのです。


「お亡くなりになられた方を見たときに、頬に薄く紅が差して、まるで生きているように見えて大丈夫なのでしょうか・・・?」すると、即座にその方がこうおっしゃいました。「御遺体とはここで最期のお別れをいたします。できる限りそのお姿が美しく、まるで生きているみたいに、可愛らしくすら感じられたほうがよろしいと思っております・・・」


この言葉には、少しはっとさせられました。愛する家族との最期の思い出の光景が美しい光に包まれることに何を戸惑っていたのか? できる限り美しく、あたかも生きているかのような・・・その可愛らしい面影が人々の記憶の中にずっと生きていく、それで良いのだそうです。


今回のような今まで照明デザインの及ぶことのなかった環境に焦点が当てられ、そこでの光の質が語られるようになったというのは、大きな進歩、まだまだ照明デザインを通してやらねばならないことが沢山あるのだなぁと感じたプロジェクトでした。


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