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  • 執筆者の写真東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

照明デザイナー、月に想う


サハラ砂漠の夜に浮かぶ明るい満月
photo by Hiroyasu Shoji

月に学ぶこと


十五夜に振り返る月光

こんにちは。東海林弘靖です。本日はずばり十五夜です。みなさんの所からきれいなお月さまが望めることを願いつつ、今回は秋の夜長、月についてお話してみたいと思います。


月といえば、たくさんのエピソードがあます。 たとえば月にも色温度があり、地平線近くでは赤っぽく色温度が低く、天高く上がるころには色温度も上がっていくのです。そう、あの歌・・・「月がとっても青いから〜♪」は、そのことを示しています。また、以前訪れたパプアニューギニアの村では都会に比べて明かりがほとんどないため、満月の夜になると大人も子供もその明るさが嬉しく夜遅くまで起きてしまう・・・なんてエピソードもあります。


しかし、私の中で一番印象に残っているのは、照明の教科書に載っている「満月の光の明るさ=0.2ルクス」という光を実体験すべく、今から約20年前にひとりサハラ砂漠まで冒険の旅に出たことです。まずは、このお話から進めてまいりましょう。

 

0.2ルクスを求めて


満月のサハラ砂漠に行きたいと思ったのは、私が35歳の時でした。当時の私は既に照明デザイナーとして一通りの理論や実践を積み、一人前に仕事をしているつもりでしたが・・・何か悶々とした気持ちを抱えていました。


それは何というか、心が伴わないというか、照明デザインに確固たる哲学的なものが見えてこないイライラを抱えていたのでした。その思いを打破すべく毎日書店に通って手当たり次第に本を探し読んでいたのですが、そんな日々のなかで、「それまでに圧倒的に感動するような光を自分は体験していないからではないか?」と思ったのです。 そこで思いきって、サハラ砂漠での満月の“0.2ルクス体験”をすることとなったのです。


日本の建築基準では災害などが起こったときに避難ができるように義務付けられている非常灯の明るさが1ルクスです。屋内で逃げるためのギリギリの明るさが1ルクスなのに対し、5分の1しかない0.2ルクスというのはいったいどれほどの明るさなのか? 東京で過ごしていて漠然と満月って明るいなと感じてはいるけれど0.2ルクスでどれほどまわりが見えるのかと、まさにそれは未体験ゾーンです。そこで、単身モロッコに飛ぶことにいたしました。


時はインターネットもない1993年、モロッコのサハラ砂漠へどうやって行くのか・・・? 本当に少ない情報しかなく、旅路にはかなりの困難をともないました。日本を出発してパリ経由でマラケシュに入り、アトラス山脈を乗合バスで越え、4日ほどかけてようやくたどり着いたエルフードの街、ホテルに荷物を置き、そこからランドローバーのタクシーをチャーターして2時間ほど走ると、ようやく砂丘にたどり着いたのでした。


周りには砂以外何も見えない・・・しかし、かなり遠くまで見渡すことができるのです。微かな砂山のつくるアンジュレーション、光のグラデーションはこの世の物とは思えないくらいの壮大な景色でした。ここは宇宙につながる場所ではないか・・・そんな印象を持ちました。すぐに我に返って、広大な砂丘の満月の下、持参したミノルタ・デジタル照度計のスイッチを入れると・・・・・


まさにそこには教科書にある通りの「0.2」という数字が表示されたのです。 私にとっては、初めての、そして本当の0.2ルクス体験となったのです。本当に0.2ルクスなんだ!という感動と共に、0.2ルクスってこんなにも明るいんだという感想があったのを今でも鮮明に覚えています。 明るいと感じる理由は二つあります。一つはベージュ色の砂面が月明かりを反射すること、もう一つは周りには街明かりのような人工的な強い光が一切ないために暗さに目が慣れているということがあります。その時気がついたのが、環境さえ整えば0.2ルクスという光の量が少ない明かりでも人に快適な明るさがとれるということでした。そして、やみくもにエネルギーを使って何百ルクスもの光を使うのではなく、環境や反射率などをコントロールして空間を作り出すのが照明デザインだと・・・そう確信するに至ったのです。サハラの満月の月光に教えをいただいたのです。

 

満月だけじゃない月の魅力

そんな感動的な出会いをした同じ頃、日本では月をモチーフにした面白い建築へのライトアップが誕生しました。それは横浜にあるグランドインターコンチネンタルホテルの外観照明です。


横浜のみなとみらいエリアにあるこの建物は帆船をモチーフにした4分の1円弧のユニークなシルエットをしています。ライトアップのデザインは日本の建築照明の第一人者でもある石井幹子さんによるものでした。写真のちょうど真ん中に写っているように、ライトアップは建物の曲線を描くふもとから照らし上げる非常にシンプルなものです。


実はこのライトアップこそ月をモチーフにしたもので、建物を月の一部に見立ててライトが当たる部分がまるで三日月のように満ち欠けをする仕組みになっていました。ライトアップの満ち欠けは実際の月の周期にあわせて何ステップかに区切り、あるときに見たら細い三日月のように、またある時は半月のように見えるのです。


変化するデザインは、このとき初めて見たように思います。劇場の舞台照明では、光が変化することで場の変換をつくるのが照明の役割ですが、このような大型の建築照明において、月の満ち欠けのように光をデザインする・・・そんなことは誰も考えなかったのです。照明デザインは、もっと自由に発想すればいいんだ!何かこれまでのモヤモヤが一気に吹っ飛んでしまったように記憶しています。これも月光に係るとても大切な経験だったのです。


今夜もそんなお月さまに感謝しながら、ゆっくりと観月を楽しみたいと思います。



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