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  • 執筆者の写真東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

照明デザイナーの塩梅


光と闇のバランスを決めるさじ加減


“塩梅(あんばい)”とは?


最近、「塩梅」という言葉をよく耳にします。さじ加減といいますか?調理の場合などでは、塩加減というのかもしれません。何か丁度良い分量を算定して実行するという意味に思えます。塩と梅という2つのワードからなるこの不思議な言葉が気になり語源を調べてみると、二つの説があることがわかりました。


ひとつは梅干しを漬ける際の塩加減で梅干しの良し悪しが違ってくるという説、また、もうひとつの説としては、昔まだ食酢がなかった時代に、梅干し作りの際に副産物として出てくる梅酢に塩を加えて調味料として使っていて、その味加減が良いものを塩梅と言ったという話もあります。いずれにせよ、微妙な加減が出来上がりを左右するということになりますが、照明デザインにもまさに同じことが言えます。

 

照明の重要なバランス


照明デザインで“さじ加減”が出来上がりを左右してくるのは、光と闇のバランスということになるのでしょう。私は闇に見立てたブルーのラシャ紙に光に見立てた黄色い色鉛筆を走らせて照明デザインをするのですが、 そのとき、ただ明るいだけでなく、闇があることで光がより美しく、そして闇が引き締まったようになる・・・という思いをもってデザインをしています。


時には闇に比べて多すぎた光に気づき、消しゴムで光を消したりもして、何度も悩みながら、光と闇の織りなす空間を探り出してまいります。それは、照明器具の配置を考えるのではありません。光と闇のバランスを考えているのです。闇を作るときは、どれくらい深い闇を作ったら良いのか、さらには隣り合う次の光の空間までの距離は何メーターくらいあったら良いのか? このあたりが、まさに“さじ加減”が問われる部分となってきます。

 

経験と勘とテクノロジー


空間照度シミュレーションの色の分布図
空間照度シミュレーションの一例

光と闇の塩梅は、やはり一通りさまざまな経験をして、失敗もしていかないとなかなか身につかないところではあります。照明デザインの現場もさることながら、たとえば、月明かりしかないサハラ砂漠の明るさを目と測光装置で計測してみる・・・というような光体験も私にとっては必要かつ重要な経験でした。今までは、そういった照明デザイナーのいろんな勘を頼り行われてきた、光と闇のバランスですが、最近は少し様子が変わってきています。


実は近年、空間照度シミュレーションソフトが普及し、数字として確認することが容易になったのです。以前はこのような照度計算は照明器具メーカーが独自に開発したソフトが使われており、メーカーに計算を依頼して、その結果が1週間後に出るというような流れで、すぐに結果が手に入るという状況ではありませんでした。しかし、最近はフリーのPCソフトが世界中で利用されるようになっており、世界各国多くの照明デザイナーや照明メーカーも使っています。このソフトの普及により、複数のメーカーの照明器具を配置した空間の照度分布図がすぐにオフィスで確認できるようになり、今まで勘を頼りに行われていた作業が、数値化され、共有できるようになってきています。

 

塩梅は変わる?


また、最近は長年慣れ親しんだ白熱電球やメタルハライドランプなどをLED光源に置き換えて照明設計を行っていますが、これまでは、何ワットのシリカランプがこれくらいの距離感で置かれている空間は、こんな感じ!と想像していたのですが、LED光源になったことでその感覚が異なってきています。同じワット数のLED光源でも機種によって光の広がりが異なるので、簡単にワット数による明るさ感を想像すると大きな間違いをしてしまうという声も聞こえてきました。


照度シミュレーションソフトが普及してきた今もなお、照明デザイナーは、光と闇のバランスをその目を使いながら、体験することが大切だと思うのです。なぜならば、照明シミュレーションソフトだけでは、未だ解析できないグレア(まぶしさ)の感覚や、消えゆく光のグラデーションの具合などがあって、目で確認するしかないからなのです。 そして、その上でどのような明るさ・暗さの空間に仕立て上げるのか?が照明デザイナーの技量にゆだねられるのです。


明るいほうが良いという一般感覚がある日本では、あまり暗くするとクライアントからクレームが出るのでは・・・なんていう不安が照明デザイナーの頭をよぎる瞬間もあるかもしれません。しかし、そこは「いい光と闇の塩梅だね」と言われる環境を完成させていくのが照明デザイナーなのですから、自信をもって提案できる経験を日々積んでいきたいものです。


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