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  • 執筆者の写真東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

SF映画と未来の照明

更新日:2023年5月8日


2001年 宇宙の旅の12シーンを並べた画像

名作に示された未来の光環境


もう一度見直したい映画


今年3月に開催された照明の総合見本市「ライティング・フェア2015」ですが、こちらのブログでご紹介した展示やトークショーも、おかげさまで大盛況のうちに終わりました。本日はこの時に行ったトークショーの中でなかなか面白かったコンテンツ、「あのSF映画で見た!? 未来のあかりとコレカラ」でご紹介した名作SF映画2本を、光演出の解説と共にご紹介したいと思います。


2つの映画作品とは、スタンリー・キューブリック監督の「2001年 宇宙の旅(英:2001: A Space Odyssey)」と、リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」です。前者はタイトルのとおり2001年を舞台にしているので、現在の2015年から考えるとすでに過去の話のようですが、これが製作されたのは1966年、その時は、37年後にあたる2001年はとてもとても輝かしい未来の世界だったのです。残念ながら現実は、思い描かれた世界ほどのスピードでは進化しませんでしたが、逆に言うと今でも楽しめる近未来のお話ということができるでしょう。さて、それではこれらの映画の中に光の未来をみていくことといたしましょう。

 

“地球外”を感じさせる3つの光シーン


「2001年 宇宙の旅」はまだ地球上に人類が誕生する以前の時代、類人猿が活動している太古の昔から物語は始まります。ある日、自然の大地に、ある不思議な人工的な黒い板のような物体が突き刺さっているのを類人猿が見つけます。そしてその類人猿がこの物体に触ると・・・、どうやら何かのパワーを得たのか、知恵がついたかの如く、その物体を武器として使い始め、ヒトへと進化していくのです。この不思議な物体は劇中で「モノリス」と呼ばれているもので、この物体がキーとなり、次のストーリー、また次のストーリーへと移っていくという展開です(まだ、観たことない方のために、あらすじはなるべくバレないようお話します)。 さて、その次のシーンは宇宙ステーションの中から始まります。まず、注目したいのがこの船内の光なのです。円の内側を沿って歩くような船内の照明は全面的な光天井になっています。真っ白な光天井、そしてやはり白いインテリアが象徴的です。そして気が付けばこの空間には影がありません。天井前面から降り注ぐ拡散光は白い内装で反射を繰り返し、無影空間となっているのです・・・あたかも宇宙空間=無重力をイメージしているのでしょうか。私たちの住む地球は、重力があり、太陽の光が頭から降り注ぐことで影をうみだします。すなわち影を生むことは地球に存在することになるのです。スタンリー・キューブリック監督はそのことを狙ったのかもしれません。


シーンは変わって舞台は月へ、月面基地内の会議室で重要な会議がはじまろうとしています。注目すべきはこの会議室の照明です。今度は天井には照明がなく、代わりに壁が“光壁”となり室内を照らしているのです。光壁から拡散される光は、もはや影をつくらないだけではなく、完全に立体感を喪失させて魅せます。相当地球から離れたイメージ、人工的な環境であることをイメージさせています。


そして、物語は進み、最後の舞台は木星探索のミッションを命じられた宇宙飛行士がワープしてたどり着いた不思議な洋館の一室へ。このシーン、一見地球に舞い戻ったかのごとく感じられますが、何やら少し違う気配、よく見るとインテリアがクラシカルな洋館風であるのに対し、照明は天井でも、壁でも、スタンドでもなく、床一面が白く光っているのです・・・・。最初は天井、そして壁、最後は床へ、影をつくらない拡散発光面が転移する映画であったのです。

 

未来の地球は・・・


さて、次は「ブレードランナー」です。こちらの時代設定は2019年、現在から考えると4年先の未来となります。舞台はアメリカ・ロサンゼルスで、ストーリーとしては、地球は相当荒廃していて、富裕層は地球外へ移住しています。残されたのは、移住するお金のない低所得層の者たちと、レプリカントと呼ばれる人造人間たちです。そしてレプリカントたちは、奴隷として、過酷な労働環境で働いているのです。このレプリカントの一部が感情を持つようになり、人間に反逆し罪を犯すようになったのを、ハリソン・フォード演じる専任捜査官“ブレードランナー”が捕まえていくというお話です。 この映画でとても特徴的なのは、2時間近くの上映中のほとんどのシーンが夜であることです。さらに、もうひとつ印象的なのがずっと雨であることなのです。


この舞台設定にこそ、この映画の面白さがあるのだと思います。近未来SF的感覚は時間設定を夜にすることで完全に太陽の光と決別し、人類の叡智が作り上げた人工の光線のみですべてのシーンを見せているのです。あるいは夜は宇宙につながる世界観が感じられるのかもしれません。そして、舞台はいつも雨・・・、雨は唯一ここがあの懐かしい地球であることを示しています。しかし、カオス的な賑やかすぎる宣伝広告の光の洪水は、地球が荒廃したイメージをつくります。雨によって濡らされたすべてのモノに光は容赦なく映り込んでいき、さらなる光の洪水を見せているのです。


ところで、この映画の美術を監督したのが、シ・ドミードです。彼はアメリカの有名なデザイナーで、劇中の空飛ぶ車のデザインをはじめ、インテリアやショーウィンドウ、さらには背景の建築、都市の外観など、あらゆるデザインを手掛けており、さまざまな科学理論をベースとしてこれらを設計したそうです。街は荒廃したカオスのような雰囲気で、ネオンサインには日本語も見られます。こちらはリドリー・スコット監督が新宿歌舞伎町を見て着想を得たとも言われています。カオス感の演出には夜と雨とネオンサインで作られた沢山の光だけでなく、霞がかったフォギーな空間や逆光などの手段も取り入れられています。


また、他にも、この映画が光を重要なカギとしていることを感じさせる面白いシーンがあります。それはレプリカントを暴走させるようにプログラムした疑いがもたれているレプリカント開発者のベッドルームです。この部屋には異様なほど多くキャンドルが立ててあり、時には逆光でなんとも妖しい雰囲気を醸し出しているのです。異常な精神構造に陥った人間による非現実的な雰囲気を、数えきれないほどのキャンドル光を灯すという手法で見せています。


そして最後は・・・、主人公が指名手配されたレプリカントを打倒した後にこの映画はエンディングを迎えます。そして画面に映し出されるのは・・・、初めて出てくる昼間の景色です。晴れ渡った草原の上を低空で飛ぶ飛行機から撮られた映像が流れます。長く続く暗黒の世界からようやく本来の地球に戻ったという安堵の象徴なのかもしれません。 改めて考えてみると、すでに照明の世界においては、十分にSF的になっているのかもしれません。光壁や光床は、すでにLEDの登場によってメンテナンスの壁を超えて容易に実現することができています。 ただ、私たちは暗黒の荒廃した地球でなく、未来につなげる美しい地球を、守り創造していく使命を背負っていることを再認識させられる、さすがの名作でございました。


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