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執筆者の写真東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

照らさない照明・うぬぼれ鏡


真実を映すべきか、映さざるべきか


女性にとって、鏡とは?


先日、鏡に対する女性の想いを垣間見る興味深いコラムを発見いたしました。それは日経MJ新聞の壇ふみさんのコラム「ありがとうございません。」に掲載されていたものでした。


コラムのタイトルは「鏡よ、鏡」。その内容は・・・とてもいい宿に泊まったにも関わらず、何となく印象が良くなかったという書き出しなのですが、その理由が「あれこれと採光の工夫がされてとてもハッキリと顔を映し出す洗面所の鏡が悪い」というのです。 そして、先に続く一節には興味深いキーワードが含まれていました。『その点、我が家の洗面所の鏡は「うぬぼれ鏡」である。』というのです。さて、“うぬぼれ鏡”とはいったいどんなものであったのでしょうか。

 

偶然が生んだ奇跡の産物


“うぬぼれ鏡”とは、何の変哲もない普通の鏡で特別な電球やライティングを施したわけでもなく、むしろ照明は鏡専用ではなく洗面所全体の照明だといいます。それが偶然に人の顔をキレイに見せてくれていたらしいのですが、ある時、この電球が切れてしまったのだそうです。替えの電球はないけれど鏡専用の照明があるから、まあいいやとそのままにしていたところ、洗面所から彼女のお母様の悲鳴が響きます。『早く電球を買ってきて! うぬぼれ鏡が、うぬぼれ鏡じゃなくなっちゃった!』


そして、続く一節に『鏡専用のくっきりとした明かりは、あまりにも忠実に母の老いを映し出したのである。』と記していたのです。このコラムは、壇ふみさん独特の気品のある洒落た節回しが相まってとても面白いのですが、同時に照明デザイナー的にも非常に興味深い内容です。


拙著「デリシャスライティング」のなかでも、まさに鏡のライティングを提案しています。「ハリウッドライト」というタイトルで提案する照明レシピは、鏡の両脇に(場合によっては4辺に)たくさんの丸い電球を配したもので、世界中の劇場や映画の撮影所、テレビの楽屋などで定番として使われているものです。それはドイツにある劇場の楽屋を照明計画したときに学んだプロ仕様の照明手法ですが、このコラムを読んで、どうやら日常生活で女性が求めている鏡と照明の関係は他にもあるのだと思い知らされました。


デスクの前に備え付けられた円形ミラーと両サイドのハリウッドライト
ハリウッドライト photo by Toshio Kaneko

 

照明が運んでくれる幸せ


壇ふみさんのコラムに始まる鏡の照明に係る一連の話を事務所の女性スタッフにしてみたところ、さらにいろいろな意見が聞こえてきました。


・・・確かに仕事から疲れて帰ってきたときなどは鏡で疲れをくっきりと映し出されてしまうのは気が滅入るので(拡散した柔らかな光によって照らされる)“うぬぼれ鏡”が良いけれど、一方これからメークをするというときは明るくはっきりと見える明かりでないときちんとお化粧をチェックできない。


また他方では、強いライトで照らされる舞台や劇場は普通の環境とは違うし、一般人が行動する屋外や公共施設ではいろんな光源があるのでそれに合わせて、鏡台には良い光源も悪い光源も必要・・・そんな声もでてまいりました。私は男だしメークをすることもないので、鏡の照明は「くっきりと映るものが良い」と思っていましたが、女性からするとそんな単純なものではなさそうです。 ところで、1960年代からスタートした「ひみつのアッコちゃん」というアニメを思い出しました。主人公のアッコちゃん(小学生の女の子)は鏡に向かって、「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、○○になーれ!」と呪文を唱えます。すると、あっという間に○○に変身させてくれる“魔法の鏡”が登場します。ことあるたびにこの呪文を唱えて憧れのお姉さんや憧れの職業に就くといった展開だったのです。鏡は、アッコちゃんにとって自分の夢を具体的に見る道具だったのです。


鏡は自分の顔を正確に映すばかりではない・・・私は照明デザイナーとして、そのことに気が付くのが少し遅かったかもしれませんが、気が付いたからには洗面ミラーの照明の新しいレシピのひとつやふたつを開発しなければならないと強く思うのでした。


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